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OHANA通信vol 12 花粉症つらいよね①

🌺Aloha E Komo Mai🌺

OHANA接骨院いんちょの白石です🏝

いよいよ来ました‼️花粉症‼️ 鼻がムズムズ、鼻水が流れ出てくる、そのくせ鼻が詰まる😫目が痒くなり悲しくもないのに涙が溢れ出てくる、朝起きると接着剤でもつけたのかと思うくらい目やにで目が開かない、喉が痛くなり咳が出てカスカスのハスキーボイス😭カラオケが楽しくなくなるこの季節、つらいよね〜。先日家族(患者様)から何故?花粉症になるの?昔は無かったよね?というお話を頂きました。

そこで四方山話…

今回の話しはいんちょ白石の主観が強い上調べずに記載します。その為、意見の違いや間違いもあると思いますので苦情なしね。あくまで考察という範囲で読んでくださいね🤣

〜花粉症って昔無かったよね〜

確かに白石(S46生 49歳)が子供の頃、アレルギー性鼻炎は聞いたことありましたが花粉症という言葉を聞いた記憶がないんです。昭和50年代といえば光化学スモッグの警報がよく鳴っていたのを覚えている方も多いのではないでしょうか?あの頃は大気汚染が今より酷かったんのでしょう。よく外で遊びながら袖で鼻水ふいて袖口がカピカピになってましたよね。その影響でアレルギー性鼻炎が起きていたと想像されます。では平成、令和の時代はどうでしょうか?大気汚染はあるものの光化学スモッグの警報はならないですよね。汚染レベルもCO2温暖化対策もエコに特化してるのに何故花粉症だけ酷くなったのか?そのカギを握るのは白石が生まれる前の第二次世界大戦にあるのではないかと考えています。第二次世界大戦に敗戦した日本、その当時の写真や映像を見たことのある方もたくさんいると思います。ぺんぺん草すら生えていないような焼け野原ですよね。当然、町だけではなく山も焼けてハゲ山となっていました。山には山崩などを防止する為、建築材料として利用する為、根の強い丈夫な日本杉がたくさん植林されていました。その日本杉が焼けてなくなると山崩れの可能性が高くなります。そこで勝利国アメリカは自国から根が張り根が強く、建築材料にも適しているアメリカ杉(スギ科又はヒノキ科のセコイア)を大量に日本に輸入させ植林するのです。杉が成木になるまで要はスギ花粉を出すまでには約60年から80年かかるといわれていますが、アメリカ杉は50年から60年と早くに成木になるんです。しかも、日本杉よりも花粉量が多いんです。花粉の大きさも日本杉よりもやや大きいんです。さあ皆さん計算して下さい。第二次世界大戦終戦日は?1945年8月15日ですよね。その年に大量に植林された訳ではないと思いますが、単純計算して考えると、1945年から最短で50年、普通に成長したとして60年。ということはアメリカ杉が花粉を大量に飛散するのは1995年から2005年となります。僕が現在49歳です。1995年時は24歳、2005年時は34歳となります。僕が花粉症の診断を受けた年が1999年28歳の時です。ドンピシャだと思いませんか?皆さんはいかがでしょうか?

今回のテーマ〜花粉症つらいよね①〜まだまだ記載したいことがたくさんあります。あまり長くなると読むのも面倒でしょ😆ということで〜花粉症つらいよね②〜に続きます。次回は何故?花粉症患者がこんなに増えたか、花粉症対策について記載したいと思います。

乞うご期待‼️ To be continued✌🏽

OHANA接骨院いんちょ白石 mahalo🏝